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よりぶろ

アプリのUIとかについて書いてく予定

始まりと終わりはシンプルに

よく、難しいことを難しいまま言うのは伝える技術がない、難しいことを分かりやすく伝えられてこそだみたいな言葉がありますが、あれはデザインにも言えると思っています。

 

例えばシステムとして欲しい情報が利用者の住所だとして、それを素直に表面上に出しちゃうと

・1項目1項目手入力

・地区町村とそれ以下が別個

・半角英数字は受け付けない

とかになると思うんですよね。でも、利用する側からしたら、達成したい目的は『自分の住所が自分の入力しやすい形で受け入れてもらえる』、さらに究極を言うと『何もしなくてもいい(前情報ナシで分かったらそれはそれで怖いけど)』まで行くとは思うんだけど、つまり利用者の思い描くゴールと現実に用意されたインターフェイスの差異が大きい原因のほとんどは、難しいことを難しいまま出しちゃってることなんじゃないかなあと。

 

別の例で考えてみると、モバイル用の画像加工アプリでパラメータを変更しようとしたら、全部の項目が数字の入力だったら辟易するじゃないですか。パラメータとして必要なのは数値なんだけど、必ずしもそれを素のまま、数値の変更として出すのは人間味がないなあと思います。もちろん、細かい調整が効くというメリットはあるんだけれども。まあでも、キーボードで入力はないよね。

 

サービスやプロダクト、あるいはインターフェイスの1つ1つの始まりは、極めてシンプルなものであることが多いと思います。

「いま自分のいる近くにある美味しい料理屋さんを知りたい」「自分の好みに合った商品がすぐ見つかる」「マニュアルカメラのように写真撮影がコントロールできる」とかとか。

であるなら、利用者が触ったり達成できることに対しても、それと相応の(言葉数で表現できるような)ゴールを提供できなければ、デザインされてるとは言い難いんじゃないかなあと。

「自分が今いる場所を都道府県から順番に選んで料理のカテゴリが20個ある中から今気になるものを選んで雑に出てきたリストからどうにか探して……」「好みを調べるために長い質問に答えなくちゃいけなくて商品もなかなか見つからないから検索結果からソートして……」「インターフェイスが多すぎて色々できるんだろうけどぶっちゃけ使わない機能も多いし入力とか調整はめんどいし……」とか、実際に僕たちが設計・開発する中間地点というのは、往々にしてシステムや工期、クライアントの都合だったり自分のスキル不足によって変動してしまいがちですが、それこそが利用者にとっては実際に唯一触れるインターフェイスなんですよね。デザイナーやエンジニアの意思、以上に"都合"が出やすい。でもそんな都合、使う側からしたら知ったこっちゃないんですよね。

 

やはり、始まりがシンプルであるならば、終わりもシンプルであるべきだと個人的には思いますし、そのためには過程に存在する複雑なプロセスは表出させてはいけない(もちろんそれを楽しんでもらうための設計というのもありますが、そういうのはちゃんと考えられた上で見せているのかなと)。

ただし、制作の過程においては、むしろ複雑であるべきだとも思います。

つまり、システマチックな部分やビジュアルデザインといった部分、あるいはサービスのコンセプトに対して「美しくないからやり直し」「なんかよくわからないけど書いたら動いたからOK」「私がいけると思ったのでこのコンセプトで」といったコミュニケーション、判断基準を設けるのはいささか危険だなと。もちろんそれが100%間違っているとは思わないのですが、その一言にはある程度の裏付けや議論があったほうが健全なような気がします。

 

作っている側の立場に寄り過ぎると大切なことを見失っちゃうなあと改めて思ったのでメモとして書き残してみました。