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よりぶろ

アプリのUIとかについて書いてく予定

僕と∀ガンダム

生まれて初めて読んだ小説は『ベルトーチカ・チルドレン』でした。おはようございます。

ちなみにベルチルの次は『アベニールをさがして』でした。

 


『∀ガンダム』はなぜ“商業的”に失敗したのか。それを考察するための材料として、作品を取り巻いていた当時の概況を纏めてみた - Togetterまとめ

 

を読んで、当時が懐かしくなったので昔のことを思い出してみようと思います。

ちなみに∀は一番好きなガンダム、いや一番好きな作品と言っても過言ではありません。

 

あの頃僕は小学生だった

そう、小学生だったんです!!!∀の放送は1999年4月〜2000年4月。

時期的には中学校に入ってすぐ最終回を見たということですね(たしか噴火で最終回が1週か2週延期になった)。

∀のデザインを初めて見たのは、たしかコミックボンボンの折込ポスターでした。初見は「おっ、マジか」と感じましたが、それ以降は特に嫌悪感などもなく、初回の放送を心待ちにしていた記憶があります。今思えば、ガンダムだったら何でもよかったんでしょうね。というか、この頃の自分って割と物事を柔軟に受け入れていたような気がします。ちょうど∀の放送と同時くらいに父親のMacを借りてインターネットをし始めたのですが、インターネットってなんだ?という疑問も沸かせずすぐ慣れて使ったりしていたので(物事を深く掘り下げないとも言う)。

 

1話を見て

主人公がおとなしい!宇宙じゃない!おっぱい!ガンダムが出てこない!

……というのは置いといて、

 

・導入の静けさに心を打たれる

アニメ = かっこいい音楽、と少なからず思っていたので、宇宙のシーンから地球降下するまでの静けさ、3人の歌に一気に引き込まれたのを覚えています。

あと、記憶が間違っていなければフラットのコックピットが開いたところで一度CMに入ってるハズ。そこのギャップもまた素晴らしかった。小学生がそこまで感じるものか?と思うかもしれませんが、感じたのだからしょうがない!

 

・パンがうまそうに見える

∀はパンが食べたくなるアニメと言っても過言ではありません。

 

・予告がめっちゃいい

なぜ∀の予告は風なのか?なんてことは考えませんでしたが、なんだか心には残っていたものです。

 

とまあ、今思い出してもあの1話は本当に本当に最高だったなと。さっき久しぶりに見返したらフロー状態になりました。意外とセリフも覚えてた。

 

 

好きなエピソード3つ

これはもう、当時も今も変わりません。なお最終回はもはや対象外とします。

好きなセリフが入っているエピソードも挙げたいところですが、それはそれとして、ひとつの話として好きなものを挙げてみました。

1. 第20話 アニス・パワー

∀でいちばん好きなエピソードと言うと、やはり『ローラの牛』が挙げられると思いますが、僕はやっぱり『アニス・パワー』が一番好きです。

なぜか?それはもう理屈では説明できない…と言うと少々雑なので、あの頃の感情を思い出しつつ書きますと、

作品の登場人物はみんな生きていて、年を重ねていて、みんなが主人公なんだ

というのをダイレクトに感じ取ったからなんだと思います。もちろんロランが主人公で、彼を中心に話は構成されているわけですが、ちょっと視線を変えるだけで、そこに生きている人が活き活きと生活している。年月を重ねて暮らしている。そういうことを、アニメーションを通じて理解できたのがあの話だったのかなと思います。

ディアナ様とアニス婆さんの会話も素敵でしたね。

 

2. 第36話 ミリシャ宇宙決戦

これもまた『アニス・パワー』と同じく、キャラクターは生きているということを教えてくれた話です。ここまで書けばわかりますね。ええ、ラストのミハエル大佐ですよ。

「話の都合上宇宙までやってきてるけど、そううまくはストーリーは進まないよね」という、考えれば当たり前のことを見せられたのはショックでした。宇宙まで連れてこられたけどやっぱり地球に帰りたい、家族が待っている。普通に人間が考えていることを普通に描いているのは、やっぱりすごいなあと思うわけです。

 

3. 第10話 墓参り

∀は自分にとって特別な作品になるかもしれない、と小学生が直感的に感じたのがこの10話でした。なんでしょうね、∀ガンダムってこういう作品なんだ、と感じたのかしら。

 

 

好きな言葉

これはもう枚挙にいとまがないので、とりあえず今でも記憶に残っているものを挙げてみます。順不同。

 

  • ディアナ・ソレルからディアナ・ソレルへ。キエル・ハイムからキエル・ハイムへ。また会いいたしましょう。
  • 私は……父と母のことを、覚えているのだろうか。
  • 先生は、患者さんが生きているから、汚れ物が出るし、血も流す、汗も流すとおっしゃった。私はそういう風に考えた事がありませんでした。
  • 機械は人助けの道具にもなります。戦うばかりじゃありませんよ。
  • ∀はホワイトドールと言われて人々に崇められてきたモノなんです。その本体が機械であれば、使い方次第ではみんなの為にだってなります!
  • パンを焼く?そういう戦い方もあるのか。
  • 人の英知が生み出した物なら、人を救ってみせろ!
  • 死を意識するから、生きることが実感できる!

 

∀を通じて小学生は何を学んだか

こうやって昔のことを思い出してみると、おそらく

・人間性

・意味性

 を無意識的に感じ取っていたんじゃないか?と思います。人間性は主にストーリーの骨子から、意味性はおそらく人物の言葉や仕草から。

好きなエピソードからも分かるように、人間のちょっとした物語だったり、アニメ作品という一本の線から外れた時に見える人間くささに惹かれていたのだと思います。そこに生きている人がいたからこそ、現実の人間にも目を向けられるようにもなったのかなあと。

また人物同士の掛け合いといったものを「なぜこの人はいまこんなことを口にしたんだろう / 行動をしたんだろう」と考える事で、意味性やストーリー性について知ろうとしたのだと思います。あるいは画面の端に映ったちょっとしたものに対しても興味を示したりして、これは今でもよく覚えているのですが、常連だった当時ガンダム系最大手のWebサイト『GUNDAM MASTER WEB』のQAコーナー内にて「最終回、ウィルゲム発進後のロランとディアナ様のシーンの背後で鹿か何かが動きましたが、あれは何かの隠喩なのでしょうか?」と聞いたりしていました(懐かしい……)。なおあの鹿は(今思えばそうなのですが)特に何かの喩えではなく、鹿が住めるような自然の中でロランとディアナ様が暮らしているんだよ、という意味が含まれているとのことでした。

 

もちろん∀のフォルムは当時から大好きでしたし、菅野よう子音楽も大好きでした。が、やはり∀からは『人間とはどういうもので、どうあるべきか』といった題目をもらったような気がしたのです。

ちなみにガンダムが好きなデザイナーは『MEAD GUNDAM』は必読です。たぶん学生の時に読んでたら普通の感動しかなかったけど、デザインの仕事をするようになってから読んだことで自分の仕事と重ねながら読めたりして、色々と思うことができたのでオススメです。

MEAD GUNDAM [復刻版]

MEAD GUNDAM [復刻版]

 

 

そのうちブレンパワードについてもちゃんと書きたいなあ。僕の人格形成に大きく関わった作品と言ったら∀とブレンなので。